親の介護がきっかけとなった相続トラブル

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「介護をしたのはほとんど私なんだから、全部もらって当然」

 

こんにちは、こうのとりです。

上の言葉は、長年にわたりお母様の介護をされていた女性が言い放った言葉です。

弟は夢を追いかけ海外へ。妹は職場結婚の相手と飛行機の距離に転勤。長女は就職も結婚もせずに母親の介護を余儀なくされました。


やりたいことを犠牲にしてきた長年の鬱憤が、ついに言葉なってしまったのでしょう。

 

自分に介護を丸投げにして、弟と妹は好きなことをしていた。

 

それが長女さんの気持ちであり、不満が一気にバクハツ!

おそらくはじめのうちは小さな不満が1つ、2つ、それが積もり積もって爆発してしまったのでしょう。こういった場面は時折見かけます。

 

今回は実例を通して、相続トラブルを防ぐにはどうすれば良いか、ヒントを見つけられればと思います。

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長女の言い分「犠牲になるのはいつも私」

長女の話では、「お姉ちゃんなんだから」家の手伝いばかりさせられてきたということです。

 

よくあるパターンですね。お母様の介護をするため、仕事に就かず生活はお母様の年金で何とかやりくりしてきました。しかしお母様が亡くなられた今、これからの人生を考えるとお金は1円でも多くほしいと考えています。

 

弟の言い分「自分もできるだけサポートしていた」

遺産の額はともかくとして。姉が全部介護したという表現に違和感を覚えているのが弟。というのは海外に住んでいたものの、日本に来る機会も少なくありませんでした。

 

帰国した際には、必ずお母様と会っていましたし、大きな買い物の際には費用を負担するなどして、経済的にサポートをしていたのです。

だから「全部私がやった」という姉の言い方を聞くと、いい気持ちはしません。

 

妹の言い分「姉はひいきされ、かわいがられていた」

「姉は一番かわいがられて頼りにされていたのに。」次女の話を聞いていくと、亡くなられたお母様は、長女をとりわけひいきしていました。当然のこととして居心地が悪く、次女は学校を卒業すると早々に家を出たのでした。

 

現在結婚して幸せな生活を送っている分、子ども時代のことを思い出すと理不尽なことも多く、今でも腹が立つそうです。

 

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正解がないのが相続の世界

税理士や弁護士の力を借りながら、相続の手続きはどうにか終わりました。しかしそれから数年たっても、3人の関係は修復できていません。弟と妹は、姉と音信不通。

 

お母様の言動にそれなりに問題があったのは事実ですが、お互いの気持ちや立場を思いやるのはなんと難しいことでしょうか。この手の話は本当に悲しくなります。

いつの日か、3人の関係が修復されることを願うばかりです。

 

それと同時に一見すると「不公平だな」と思うことには、何かしら理由があることがわかります。

自分の権利を主張することも必要ですが、相手の気持ちを思いやることも忘れてはいけませんね。

 

このような相続トラブルも、第3者として客観的に見ていくと気づくことや学ぶことが多いように感じました。

重い話題でしたが、今日はここまでとします。